世界じょうしき図鑑

メソポタミアの鳥占い粘土板に記された鳥の前兆

鳥の飛び方や鳴き声、現れた方向を神々からのしるしとして読んだ古代メソポタミアの占い。マリの粘土板や前兆集『シュンマ・アール』に残る、世界最古級の鳥占いの記録です。

発祥:メソポタミア(現在のイラク・シリアなど)紀元前2千年紀ごろ〜偶然のしるしを読む解説のみ

概要

古代メソポタミアでは、鳥の飛び方や鳴き声、現れた方向も、神々からのしるしと考えられていました。鳥を見て未来をうかがう占いを、学術的には「オルニトマンシー(鳥占い)」と呼びます。

メソポタミアの占いといえば、羊の肝臓を調べる肝臓占いがよく知られています。鳥の占いはそれほど有名ではありません。それでも粘土板には、たくさんの鳥の前兆が書き残されています。鳥占いの文字の記録としては、世界でもっとも古いものの一つとされます。

由来と歴史

メソポタミアでは、紀元前3200年ごろには鳥の名前を並べたリストが書かれていました。ただし、鳥を使って占ったことがわかるのは、紀元前2千年紀に入ってからです。

古い例の一つが、ユーフラテス川中流の都市マリ(現在のシリア)で見つかった粘土板です。研究によると、マリでは鳥の体にある印を調べる方法が行われていました。左右や前後で区別された印には、それぞれ神の名前がつけられていました。この占いは、王の見た夢が吉か凶かを判断するのにも使われたといいます。

古バビロニア時代のものとされる、都市ウルから出た粘土板もあります。ワシを中心とする6種類の鳥について、25の前兆が書かれています。行軍中の軍隊に向けた内容で、鳥が右か左か、前か後ろかに現れたかによって、勝ち負けや豊かさを占いました。

紀元前14世紀のアマルナ文書(エジプトの王と周辺の国々との手紙)にも、鳥占いが顔を出します。キプロス島のアラシヤの王が、エジプトに「ワシの占い師」を送ってほしいと頼んでいるのです。

そして紀元前7世紀、アッシリアの都ニネヴェにあったアッシュルバニパル王の図書館に、前兆集『シュンマ・アール(もし町が)』の写しが残りました。日常のさまざまな出来事を前兆として集めた大きな文書で、64枚目から79枚目の粘土板は、ほとんどが鳥についての前兆です。

仕組み・やり方

鳥の前兆も、肝臓占いと同じく「もし〜なら、〜となる」という形で書かれています。たとえば『シュンマ・アール』の67枚目は、次の一文で始まります。

「もし軍が遠征に出て、カラスが軍の前で何度も鳴くなら、遠征に出た軍は帰ってこない。」

前兆では、鳥の種類や現れた方向、ふるまいが細かく区別されました。カラス、ハヤブサ、ワシなどがよく登場します。右と左、前と後ろといった向きの区別がとくに大切にされました。鳥が町の中に入ってくる、という場面も前兆になりました。

紀元前1千年紀のアッシリアでは、鳥の前兆を扱う専門家を「ダーギル・イッスーリ(鳥を見る人)」と呼びました。書記、肝臓占いのバールー、まじない師、医師と並ぶ専門家として名前が挙がります。肝臓占いのバールーが、鳥の占いを行うこともありました。

文化の中での位置づけ

鳥の前兆は、旅や戦いと深く結びついていました。とくに行軍中の軍隊に関わる前兆が多く見られます。戦いの行方は、王にとって何より知りたいことだったのでしょう。

鳥占いは、メソポタミアの周りにも広がりました。現在のトルコにあったヒッタイトには、鳥を観察する専門の占い師がいました。鳥の種類や動きを細かく見分け、結果を記録に残しています。

インドのサンスクリット語の前兆集にも、よく似た鳥の前兆があります。直接借りたとまでは言えないものの、文の形や左右の考え方に共通点があると指摘されています。古代ローマの鳥占いとどうつながるのかは、はっきりしていません。ただ、鳥の動きを神々のしるしとみなす考え方は共通しています。

よくある誤解・豆知識

「メソポタミアの占い=星占い」と思われがちです。実際には、肝臓、鳥、夢など、さまざまなものがしるしとして読まれました。夢の占いについてはメソポタミアの夢占いで、同じころのエジプトの例はエジプトの夢占いで紹介しています。

遠く離れた中国の鳥占いと比べてみるのも面白いでしょう。もちろん、鳥の動きで本当に未来がわかるわけではありません。古代の人々が世界をどう見ていたかを知る手がかりとして楽しんでください。

参考文献

最終更新:2026-10-10

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