肝臓占い羊の肝臓で神意を読む
いけにえにした羊の肝臓の形や模様から、神々の意思を読み取った古代メソポタミアの占い。粘土で作られた肝臓の模型が教材として残っています。
発祥:メソポタミア紀元前2千年紀ごろ〜儀礼解説のみ
概要
肝臓占いは、いけにえにした動物の内臓、とくに羊の肝臓を調べて神々の意思を読み取る占いです。学術的には、内臓全般を見る占いを「エクスティスピシー(内臓占い)」、肝臓を見るものを「ヘパトスコピー(肝臓占い)」と呼びます。
古代メソポタミアの人々は、神々が世界の出来事をあらかじめ決め、そのしるしを自然の中に書き込むと考えていました。いけにえの肝臓にも、神々が答えを書き込むとみなされたのです。
由来と歴史
内臓を使う占いは、遅くとも紀元前2千年紀の初めには盛んに行われていました。担い手は「バールー」と呼ばれる専門の占い師です。バールーはアッカド語で「調べる者」といった意味で、長い修業を積んだ知識人でした。
占いの結果は、粘土板に「もし肝臓がこうなっていたら、こういうことが起こる」という形で記録されました。こうした記録は時代とともに積み重なり、やがて「バールートゥ」と呼ばれる大きな前兆集にまとめられます。バールートゥは約100枚の粘土板からなり、肝臓の部位ごとに章が分かれていました。
費用がかかるため、依頼主は主に王や貴族でした。戦争を始めるか、病気は治るか、といった問いが立てられました。紀元前1千年紀のアッシリアには、太陽神シャマシュにあてた問いの記録が多く残っています。そこでは問いを「はい」か「いいえ」で答えられる形にしていました。
仕組み・やり方
占い師はまず、身を清めて神々に祈りをささげます。とくに太陽神シャマシュと天候神アダドが、占いの神として呼びかけられました。羊をささげたあと、取り出した肝臓の形や色、筋や穴、ふくらみなどを一つずつ確かめます。
肝臓には、「道」「立つ場所」「指」などの名前がついた部位がありました。それぞれに異常があるかどうかで、吉と凶を判断します。一般に、右側は依頼主の側、左側は敵の側を表すとされました。最後に吉と凶のしるしの数を比べ、全体としての答えを出したと考えられています。
粘土の肝臓模型
この占いを今に伝えるのが、粘土で作られた肝臓の模型です。大英博物館が所蔵する模型(収蔵番号92668)は、古バビロニア時代、紀元前1900〜1600年ごろのものです。表面は55の区画に分けられ、それぞれにアッカド語で、その場所に傷があったときの意味が書かれています。弟子に教えるための教材だったと考えられています。
シリアのマリ遺跡の王宮からは、32点の小さな肝臓模型がまとめて見つかりました。全部で42の前兆が書き込まれ、知られている中でもっとも古い模型群とされます。占い師の覚え書きや見習いの手本だったとみられています。
伝播・現代
肝臓占いは、メソポタミアの外にも広がりました。現在のトルコにあったヒッタイトの都や、地中海沿岸のウガリトなどでも肝臓模型が見つかっています。旧約聖書の『エゼキエル書』にも、バビロンの王が分かれ道で肝臓を見て進む道を占う場面があります。
古代イタリアのエトルリア人も、肝臓で占う技術を持っていました。1877年にイタリアのピアチェンツァ近くの畑で見つかった青銅製の「ピアチェンツァの肝臓」は、実物大の羊の肝臓をかたどったものです。紀元前100年ごろの作とされ、40ほどの区画にエトルリアの神々の名前が刻まれています。エトルリアの占い師の技術は、ローマで「ハルスペクス(腸卜師)」に受け継がれました。ただし、メソポタミアからどのように伝わったのかは、まだはっきりしていません。
よくある誤解・豆知識
肝臓占いは、気まぐれなおまじないではありませんでした。何百年分もの記録を整理し、専門家が体系的に学ぶ、当時の「学問」の一つだったのです。
また、星の動きを前兆として読むメソポタミアの知識は、のちに西洋占星術の源流になりました。「神々のしるしを読む」という考え方は共通しています。もちろん、こうした占いで本当に未来がわかるわけではありません。古代の人々の世界の見方を知る手がかりとして楽しんでください。
参考文献
- 大英博物館「Model of a sheep’s liver (92668)」 https://www.britishmuseum.org/collection/object/W_1889-0426-238
- フランス文化省「Livers for divination(Mari)」 https://archeologie.culture.gouv.fr/mari/en/media/view/8488
- Ulla Koch-Westenholz, “Babylonian Liver Omens” (Museum Tusculanum Press, 2000)
- Francesca Rochberg, “The Heavenly Writing: Divination, Horoscopy, and Astronomy in Mesopotamian Culture” (Cambridge University Press, 2004)
最終更新:2026-10-08