ゲルモンゴルの移動式の家
木の骨組みをフェルトで覆った、モンゴルの遊牧民の丸い家です。たたんで運び、季節ごとに建て直します。13世紀の旅行記に残る家の中の決まりから、ストーブとテレビのある今のゲル、首都をとり巻くゲル地区まで紹介します。
モンゴル13世紀の旅行記の記録〜家のかたち今も続いている
概要
ゲル(ger)は、モンゴルの遊牧民が暮らしてきた、丸い組み立て式の家です。壁は円筒形、屋根はゆるやかな円錐形で、伏せたおわんのような形をしています。木の骨組みを白いフェルトで覆い、獣の毛で作った縄でしばります。
家畜を連れて牧草地を移るとき、ゲルはたたんで運び、次の場所で建て直します。2013年には「モンゴル・ゲルの伝統的な職人技とその慣習」が、ユネスコの無形文化遺産に登録されました。男性が木の部材を削り、女性と男性が色を塗り、縫い、フェルトを作るという、家族や仲間の手仕事です。
歴史
フェルトで覆った丸い家は、北アジアの草原の遊牧民に古くから使われてきました。13世紀にモンゴル帝国を訪れたヨーロッパの修道士たちが、その様子を書き残しています。
1245年に旅立ったカルピニは、小枝で組んだ丸い家の屋根に光を入れ煙を出す丸い穴があり、真ん中でいつも火を燃やしていると記しました。1253年から旅をしたルブルクは、細い枝を組んだ壁の上に、てっぺんの小さな輪に集まる屋根を組み、白いフェルトで覆うと書いています。大きな家は車に載せたまま運ばれ、ルブルクは22頭の牛が1つの家を引くのを数えたといいます。
ルブルクは、家の中の決まりも記録しました。戸口は南に向け、主人の寝台は北側に置きます。東側は女性の側、西側は男性の側で、男性は弓を女性の側にかけなかったといいます。今の百科事典も、入口は南向き、中央に炉、北側が上座、西側が男性の席、東側が女性の席と説明しています。
1921年の革命のあと、社会主義の時代には家畜が共同の組合に集められ、個人で持てる家畜は厳しく限られました。冬に備えて乾草をたくわえたり、井戸を掘ったりする取り組みも進められました。
住まいの風景
ゲルの骨組みは、蛇腹のように伸び縮みする格子の壁「ハナ」、屋根の棒「オニ」、てっぺんの天窓の輪「トーノ」、それを支える2本の柱「バガナ」でできています。直径は5〜6mほどです。フェルトは夏は1枚、冬は2〜3枚重ねます。
南の戸口を入ると、真ん中にストーブがあり、煙突はトーノから外に出ます。ストーブで湯をわかし、料理をします。壁にそって、寝台や棚、食器棚などが丸く並びます。奥の北側は上座で、主人や目上の客が座る場所とされます。
遊牧民は、季節ごとに宿営地を移ります。冬営地と夏営地は必ずあり、春と秋の宿営地を持つ地域もあります。移る回数や距離は土地によって大きく違います。森林ステップでは年に4〜10回、10〜20kmほど、東部の平原や西部の山地では年に10〜30回、100〜300kmほどとされます。
今の暮らしの中で
モンゴルの人口は約345万人(2023年)で、遊牧民はそのうち約1割の30万〜40万人とされます。人口のおよそ半分は首都ウランバートルに住んでいます。
ウランバートルの周りの丘には、木の柵(ハシャー)で囲んだ敷地にゲルや木造・れんがの家(バイシン)を建てる「ゲル地区」が広がります。1960年ごろから工場で働く人が地方から移り住み、集合住宅に入れない人の住まいになったのが始まりとされます。1992年の民主化のあと、土地の制度が整うと、さらに広がりました。給水所から水を運び、敷地の端にトイレの小屋を建てる家が多いと報告されています。
2023年の調査では、ゲル地区で3世代5人が暮らすゲルの中に、ストーブのそばの調理台と、壁にそって並ぶ冷蔵庫、ソファ、大きな液晶テレビなどが記録されています。草原でも2000年代から携帯電話が広まり、一部の地域では、ラクダや馬にGPSを付けてスマートフォンで居場所を確かめる遊牧民もいます。
よくある誤解・豆知識
「パオ」は中国語の呼び名です。 日本では「パオ(包)」とも呼ばれますが、これは形が中国の包子(まんじゅう)に似ていることから中国でついた名前とされます。モンゴル語の呼び名はゲルです。
トルコ系の遊牧民の「ユルタ」とは屋根の形が違います。 百科事典によると、ゲルは屋根の棒がまっすぐで、ユルタは屋根がドーム形になります。
ゲルは「家族」の意味でも使われます。 新しく結婚した夫婦には新しいゲルが用意され、ゲルという言葉は家族を指すこともあるとされます。
参考文献
- UNESCO Intangible Cultural Heritage「Traditional craftsmanship of the Mongol Ger and its associated customs」(2013年登録) https://ich.unesco.org/en/RL/traditional-craftsmanship-of-the-mongol-ger-and-its-associated-customs-00872
- UNESCO「Decision of the Intergovernmental Committee: 8.COM 8.20」 https://ich.unesco.org/en/decisions/8.COM/8.20
- コトバンク「ゲル」(改訂新版 世界大百科事典・日本大百科全書・デジタル大辞泉ほか) https://kotobank.jp/word/ゲル
- コトバンク「パオ」(改訂新版 世界大百科事典・百科事典マイペディアほか) https://kotobank.jp/word/パオ
- コトバンク「遊牧」(改訂新版 世界大百科事典ほか) https://kotobank.jp/word/遊牧
- W. W. Rockhill 訳 The Journey of William of Rubruck to the Eastern Parts of the World, 1253-55(Hakluyt Society、1900年。Internet Archive の本文) https://archive.org/details/journeyofwillia00ruys
- 장보웅「몽골 유목민의 겔(gel)과 음식문화에 관한 연구」『한국지역지리학회지』3(1)、1997年 https://koreascience.or.kr/article/JAKO199720149332978.page
- 西堀隆史・曽我部昌史「ウランバートルにおける住空間の一室空間指向についての一考察:ゲル地区の住居から民主化後の住居に至る変遷のなかから」『神奈川大学アジア・レビュー』11、2024年 https://kanagawa-u.repo.nii.ac.jp/records/2000602
- 堀田あゆみ「モンゴル」立命館大学 アジア・マップ Vol.03 https://www.ritsumei.ac.jp/research/aji/asia_map_vol03/mongol/country/
最終更新:2026-10-18
このページは、世界の住まいの習わしを、歴史と文化として紹介するものです。建築や設備についての助言ではありません。今も人が暮らす家や集落を訪ねるときは、住む人の暮らしを妨げないよう、現地の案内に従ってください。