お歯黒歯を黒く染めた日本の化粧
鉄を浸した液と五倍子粉で歯を黒く染めた、日本の化粧の習わし。平安貴族の化粧から江戸時代の既婚女性の印へと意味を変え、明治の禁止のあとに消えていった歴史と道具、儀礼を紹介します。
日本平安時代以前〜昭和初期化粧昔の装い
概要
お歯黒は、歯を黒く染める日本の化粧の習わしです。鉄くずを浸して作った液「鉄漿水(かねみず)」と、植物にできる虫こぶの粉「五倍子粉(ふしこ)」を歯に塗り重ねて染めました。「鉄漿(かね)」「つけがね」とも呼ばれます。
平安時代には貴族の女性の化粧で、のちに公家や武家の男性も行うようになりました。江戸時代には、主に結婚した女性の印になりました。明治時代に政府が華族に禁じたあと、少しずつ姿を消し、今は日常の化粧としては行われていません。
歴史
平安時代から中世
いつ始まったかは、はっきりしていません。平安時代には女性の習わしとして、『源氏物語』や『枕草子』にも登場します。
平安時代の末ごろからは、公卿や武家の男性もお歯黒をするようになりました。一ノ谷の戦いで討たれた平敦盛や平忠度も、歯を黒く染めていたと伝わります。中世の武家では、10歳前後で始める例もありました。1473年の『親元日記』には「若君様御歯黒御祝」という言葉が見え、お歯黒を始めることが祝いごとだったことがわかります。
江戸時代
江戸時代になると男性の習慣はほぼなくなり、女性のお歯黒が町や村の人々にまで広まりました。結婚の前後に始めることが多くなり、既婚の女性の印になりました。眉を剃ることと組み合わせる例も多く見られます。
黒はほかの色に染まらないことから、貞節の証と考えられていたようです。一方で、結婚していなくても、年齢が上がると世間体のためにお歯黒をする女性は多く、遊女や芸者もお歯黒をすることがありました。
明治時代の禁止と衰退
明治政府は、1870年(明治3年)2月に華族のお歯黒と眉を剃ることを禁じました。1873年(明治6年)には、皇太后と皇后がお歯黒と眉墨をやめたことが発表されました。
それでも、人々の習慣は根強く残りました。1877年ごろの錦絵にも、お歯黒の女性が描かれています。明治の半ばには、水で溶くだけで黒く染まる粉のお歯黒も売り出されました。初めてお歯黒をつける儀礼は明治10年代ごろまで、既婚女性のお歯黒は地域によって昭和の初めごろまで見られたとされます。
作り方・使い方
鉄漿水は、古釘などの鉄くずを、米のとぎ汁や茶、酢、酒などに浸して作りました。飴や粥を加えることもありました。強いにおいがしたと伝わります。五倍子粉は、ウルシ科のヌルデの葉にできる虫こぶを干して粉にしたものです。鉄漿水の鉄と、五倍子粉に含まれるタンニンが結びつくことで、黒い色になります。
この2つを、鳥の羽を束ねたものや、楊枝の先を砕いた筆で歯に塗り重ねました。道具には、鉄漿水を温める鉄漿沸かし、器の鉄漿坏、歯黒筆などがあります。武家では、耳の形の取っ手がついた「耳盥(みみだらい)」を使うこともありました。
初めてつける儀礼は「かね付け始め」などと呼ばれました。親戚の女性などが「鉄漿親(かねおや)」となり、お歯黒道具をひとそろい贈ったり、塗り方を教えたりしました。この関係は生涯続いたとされます。近所の7軒から鉄漿をもらう「ななとこがね」という習わしもありました。
下地に使われた「かね下」という液は強い酸で、歯の表面を傷めたようです。今、昔の材料をまねて歯に塗ることは避けてください。
今の暮らしの中で
日常の化粧としては残っていませんが、伝統の場で目にすることがあります。京都の花街では、舞妓が芸妓になる「衿替(えりかえ)」が近づくと、昔の新婚の女性の髪型「先笄(さっこ)」を結い、お歯黒をつけて2週間ほど過ごす習わしがあります。結婚の許されない芸妓になる前に、花嫁を疑似体験させた名残ではないか、という説もあります。
歌舞伎や時代劇でも、役によって歯を黒く見せる化粧をすることがあります。江戸時代の浮世絵を見るときに歯の色に注目すると、描かれた女性の立場を知る手がかりにもなります。
よくある誤解・豆知識
既婚女性だけの化粧ではありませんでした。 平安時代から中世には、男性の貴族や武士も歯を染めていました。江戸時代にも、未婚の女性や遊女がお歯黒をすることがありました。
明治の禁止で一気に消えたわけではありません。 1870年の禁止は華族に向けたものでした。人々の間では、その後も長く続きました。
浮世絵には「約束事」がありました。 既婚女性は眉を剃っているはずですが、浮世絵では、30歳以下なら眉を描くのが約束事だったようです。
日本だけの習わしではありません。 東南アジアや太平洋の島々などにも、歯を黒く染める習わしを持つ地域がありました。ボルネオ島では、植物の葉の粉や灰、石灰を使った例が知られています。
参考文献
- 国立国会図書館「本の万華鏡 第29回 めーきゃっぷ今昔 ―江戸から昭和の化粧文化―」第1章 江戸時代の化粧 https://www.ndl.go.jp/kaleido/entry/29/1.html
- 同 第2章 明治、大正、昭和の化粧 https://www.ndl.go.jp/kaleido/entry/29/2.html
- 国立国会図書館「本の万華鏡 第31回 成人の儀式―古代から近世まで―」おわりに・参考文献 https://www.ndl.go.jp/kaleido/entry/31/reference.html
- コトバンク「鉄漿」(改訂新版 世界大百科事典・日本大百科全書・百科事典マイペディアほか) https://kotobank.jp/word/鉄漿
- コトバンク「お歯黒」(精選版 日本国語大辞典・ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典) https://kotobank.jp/word/お歯黒
- 京都伝統伎芸振興財団(おおきに財団)「衿替」(京都花街オフィシャルサイト 京の五花街) https://www.ookinizaidan.com/kagai/maiko/erikae/
最終更新:2026-10-11
このページは、世界の装いと美容の品を、歴史と文化として紹介するものです。医療上の効果や、美容上の効果を保証するものではありません。肌に合わないときは使用をやめ、気になることは医師や薬剤師に相談してください。民族や信仰にかかわる装いは、その意味を尊重して紹介しています。