世界じょうしき図鑑住まう

バードギールイラン・ヤズドの風の塔

屋根の上に立てた塔で風を受け、下の部屋へ送る仕組みです。イラン中部の砂漠の町ヤズドは「バードギールの町」と呼ばれてきました。塔の作りと、夏の地下室や中庭、冬の部屋を使い分けた家の暮らしを紹介します。

イラン・ヤズド(パキスタンから北アフリカまでの各地)古くから(ヤズドにはティムール朝のころの塔も残るとされる)暑さ・寒さ今も続いている

概要

バードギール(bādgīr)は、屋根の上に立てた塔で風を受け止め、下の部屋へ送りこむ仕組みです。ペルシャ語で「風を捕らえるもの」という意味で、日本語では「風採りの塔」とも訳されます。

同じような塔は、東はパキスタンから西は北アフリカまで、中東の各地で古くから建てられてきました。中でもイラン中部の町ヤズドは、塔の数と形の多さで知られ、「バードギールの町」と呼ばれてきました。ヤズドの旧市街は、2017年に「古都ヤズド」としてユネスコの世界遺産に登録されています。

歴史

ヤズドは、カビール砂漠の南の乾いた高原にある町です。1年の雨は60mmほどと少なく、夏は気温が40度を超える日も多くあります。

町の水は、山のふもとの地下水を長いトンネルで引く「カナート」で運ばれてきました。ユネスコの説明では、町の地区はそれぞれカナートの上に作られ、地区ごとに人の集まる場所がありました。家は土で作られ、壁だけでなく屋根も、土をアーチやドームの形に積んで作られています。風の塔、中庭、厚い土の壁が組み合わさって、家の中の空気を整えてきたとされます。

ヤズドには、ティムール朝(14〜15世紀)のころのものとされる塔も残ります。ドウラターバード庭園は、18世紀にこの地を治めたモハンマド・タギー・ハーンの館として作られた庭で、高さ約33mの塔が立っています。世界で最も高いバードギールの一つとされ、庭は2011年に「ペルシャ庭園」の一つとして世界遺産に登録されました。

塔はふつう、屋根から30cm〜5mほどの高さです。風を受ける口は、1方向だけのものから8方向のものまであります。ペルシャ湾岸の港町では、海からの風に向けて1方向だけに口を開けた四角い塔が多いとされます。

住まいの風景

ヤズドの昔ながらの家は、中庭を囲んで部屋が並ぶ形です。中庭には池があり、木が植えられることもありました。家は日の当たり方によって夏の側と冬の側に分かれ、風の塔は夏の側に立ちます。

夏の暑い午後は、塔の下にある地下の部屋で過ごしました。塔の口から入った風が、地下や1階の夏の部屋へ下りてきます。地下室は、夏の午後や夜に寝る場所としても使われました。夏の午後には、塔の口に掛けた竹のすだれに水をかけることもありました。

夕方になると、中庭に面した天井の高い広間(ターラール)で家族が過ごした、と説明する研究もあります。冬は、日の光が入る南向きの部屋に移りました。厚い土の壁と床が、昼の日の熱をためます。

イラン中部の町の家では、居間が仕事場も兼ね、布やじゅうたんが織られたといいます。風の塔は家だけでなく、隊商宿(キャラバンサライ)の泊まる部屋や、町の貯水槽の上にも建てられました。

今の暮らしの中で

ヤズドの旧市街には、今も多くの塔が立っています。2023年の報道では、その数は約700基とされます。

一方で、電気で動く冷房や、安く使える冷風機が広まりました。ヤズド大学の研究は、家の夏の側が使われなくなったり、使い方が変わったりして、塔が傷みやすくなっていると指摘しています。

町を支えてきたカナートも、地下水のくみすぎなどで数が減っているとされます。世界遺産委員会は、ヤズドの登録のときに、土の歴史的な建物を守るための指針を作るよう求めました。

よくある誤解・豆知識

アテネの「風の塔」とは別のものです。 ギリシャのアテネにある「風の塔」は、紀元前1世紀ころに建てられた八角形の塔です。中に水時計があり、外の壁には風向きごとの天気を表す像が彫られています。風を部屋に送る仕組みではありません。

風のない日にも空気は動くとされます。 風がないときは、日に当たって温まった塔の中を空気が上へ抜けます。そのとき、中庭や地下の涼しい空気が、夏の部屋を通って引き上げられると説明されています。

町の塔は、家のものとは限りません。 カナートで引いた水は、町の中の地下の貯水池にためられました。その上にも風を通す塔が立ち、ためた水を冷やしてきました。

参考文献

最終更新:2026-10-18

このページは、世界の住まいの習わしを、歴史と文化として紹介するものです。建築や設備についての助言ではありません。今も人が暮らす家や集落を訪ねるときは、住む人の暮らしを妨げないよう、現地の案内に従ってください。

あわせて読みたい